ディスカッションの意味と目的

ディスカッションの本質に気づいた瞬間。

こんにちは。長壁です。

日本語として浸透している外来語。
いわゆるカタカナ語ですが、
「ディスカッション」という言葉も、
一般的に使われていますね。

私のイメージでは、
「ディスカッション」=討論=お互いの意見を言い合う=批判し合う
という、
なぜか最終的にどっちが正しいのかを決める
感じに思っていました。

テレビでそういう場面を目にしたからなのか?
討論という日本語の意味を勘違いしていたからなのか?

映像や言葉だけでイメージしていたので、
どういった場面で「ディスカッション」を行うのか、
何のために「ディスカッション」を行うのかまで
考えることがなかったです。

先日、社内でのこと。
「課題に対して、双方の意見を出し合い
解決していくこと。
その中で新しい発見や考え方も出てきて、
話し合うことで理解を深め、
納得することでより良い解決策につながる。」
これが「ディスカッション」だと社長に言われた瞬間
私は腑に落ちました。
「あー、そういうことだったのか。」と・・・

後日、
「ディスカッション」という言葉をネットで調べてみました。
「ディスカッション」の意味と
「ディベート」との違いについて
書かれている記事がありました。

参照記事はこちらです。

「ディスカッション」の意味とは?ディベートとの違いや進め方も

https://biz.trans-suite.jp/42708

「ディスカッション」の意味は、討論・議論、話し合い
“あるテーマについて、参加者たちが
自由に意見を出し合うことを指す。”

「ディベート」の意味は、討論・論争
“単なる意見交換ではなく
相手を論破するという意味合いが含まれている。”

二つの違いを知ったとき、
(私は、ディスカッションをディベートと同じ意味で捉えていたな。)
と思いました。

【目的が違うのですね】
ディスカッションは、意見を出し合い話し合うことで、
より良い結論を導き出すことや、
テーマへの理解を深めること、
課題に対してより良い解決策を見つけることが重要。

ディベートは、賛否両論が分かれるテーマに対して、
自分の主張をいかに相手を納得させるか、
相手を論破することに重点がおかれている。

本来の目的と意味を知る前は、
カタカナ語の「ディスカッション」も、
日本語の「討論」も、
お互いの意見がぶつかり合う感じに思っていたのですが、
相手の意見を聞く
それに対して自分の意見を伝える
共有することで、
お互いの共通するものは何かを見つけ、
お互いが納得するために話し合うことなのですね。

これって、仕事だけでなく、家庭でも大事なコミュニケーションですね。
社長のブログでも書かれている
ロジカル・シンキングと繋がった出来事でもありました。

・及部のブログ
ロジカル・シンキングについての記事はこちらへ。

・スタッフのブログ
子どもたちと話し合うことで解決方法を見える化の記事はこちらへ。